東北大学病院心療内科教授 福土 審先生
便秘の治療
便秘の治療に際しては、目標を症状の消失に置くよりも、むしろ症状の自己制御に置くほうが結果として満足が得られることが多いものです。医療従事者が患者の苦痛を傾聴し、受容することが治療の基本になります。通常の臨床検査では異常がなくとも、専門的検査を行えば異常が検出されることを念頭に置くことが重要です。医療従事者が患者の症状に関心を示せば、治療効果にも好影響を及ぼすことが判っています。その上で、使用薬物の薬理作用を患者が理解しやすい言葉で説明します。偏食、食事量のアンバランス、夜食、睡眠不足、心理社会的ストレスは便秘の増悪因子です。これらの除去・調整を勧めます。便秘の治療は、ただ便を出せば良いという訳ではなく、あくまでも、消化管の生理に沿い、これを助ける薬物療法を行うのが基本です。
便秘の薬物としては消化管運動の調整のために消化管運動調節薬、消化管腔内環境調整のために高分子重合体を用います。便秘型過敏性腸症候群の場合、これで効果不十分であれば、下剤を追加します。これには、少量の酸化マグネシウムが有益です。但し、高齢者、腎障害を持つ患者では時々高マグネシウム血痕を見るので、時々は血清マグネシウム濃度を点検する必要があります。それでも効果不十分であれば、刺激性下剤ではあるが効果がより緩徐なピコスルファートを頓用で用います。ピコスルファート水溶液の1日回10滴を標準用量とし、便通に応じて患者さんに自己調節して貰います。効果不十分ならは増量、便形状が水様便、泥状便になるようであれば減量します。下剤の使用法で最も重要なことは、センナ系の薬物であるアントラキノン系下剤を長期投与しないことです。アントラキノン系下剤の長期投与は、大腸黒皮症、大腸運動のさらなる異常、下剤への依存などを招きやすいので、便秘型過敏性腸症候群をはじめ、便秘の長期管理には向かない方法です。便秘型過敏性腸症候群患者に限らず、アントラキノン系下剤は連続投与せずに、使用頻度の低い頓用を基本にするべきです。その代わり、可能な限り生理的大腸運動に結びつく処方内容にします。推進運動が低下していると考えられる便秘に対しては、セロトニン4受容体刺激薬モサプリド、ドパミンD2受容体桔抗薬兼コリンエステラーゼ阻害薬イトプリドを用いることがあります。しかし、これらの組み合わせによっても、改善しない便秘が患者さんを苦しめることがあります。
ルビプロストンの特徴
最近、厚生労働省が下部消化管粘膜上皮にあるクロライドチャンネル2を賦活化する薬物ルビプロストン(商品名:アミティーザ®)を承認しました。日本人の上野隆司博士が開発した物質です。これは、小腸粘膜上皮細胞に発現するクロライドチャネル2の局所性活性化物質であるプロストン化合物です。 ルビプロストンは消化管内腔への水分分泌を増やすことで便の水分含有量を増やし、便を柔軟にし、腸の運動性を高め、排便を促して、慢性の便秘に伴う症状を緩和します。また、ブタ小腸を使った実験では、ルビプロストンによるクロライドチャネル2の活性化により、タイトジャンクションタンパク質複合体の修復を通じ、粘膜バリア機能の回復が促されることが確認されています。
ルビプロストンは、米国では慢性特発性便秘症および便秘型過敏性腸症候群の治療への適応が、スイスでは慢性特発性便秘症の治療への適応が承認されています。わが国では、慢性特発性便秘症を対象とする無作為比較臨床試験が行われ、プラセボに比較して自発排便回数を有意に増やす結果が得られました。その一方で、副作用として、下痢と悪心が見られることがありましたが、軽度であり、重篤な副作用は認められませんでした。長期投与試験では、患者さんの生活の質quality of lifeの向上も証明されました。ルビプロストンの適応症は、慢性便秘症となる予定です。症候性便秘と薬剤性便秘への効果は未確認です。
米国では、腸管上皮でサイクリックグアノシン単燐酸を誘導する薬物リナクロテドが開発されつつあります。これも、粘膜上皮からの水分分泌を促す薬物であり、慢性特発性便秘症および便秘型過敏性腸症候群への効果が期待されています。このように、わが国においても、ルビプロストンをはじめ、新たな作用機序の消化管機能改善薬を治療に使うことができる時代に入りました。患者さん達にとっては、大変良い知らせであると言えましょう。